音楽の聴き方なんて個々人の自由、かもしれないけど、
もっと未知の面白い世界へ踏み込むことができる、
もっと楽しく音楽と付き合える、ということを、
あらゆる角度から伝えようとしている本だと思いました。
岡田さんの「西洋音楽史」という本でもそうでしたが、音楽と人との関わり方の変化を、歴史の流れのなかで解明していく部分がすごく面白いです。
たとえば「する人=演奏家」「聴く人=聴衆」「語る人=批評家」がどんどん別れていったあたりから、「音楽は語れない」というイメージがどんな風に定着していったかを語るところ。
岡田さんは「音楽は語れる」と反証します。
私自身、演奏をするひととして、解釈とはどういうことかと述べたくだりにはうなってしまいました。
とても平たく公式化するなら、私が考える音楽解釈の基本図式とはこのようなものだ。事実に基づき、かつ共同体規範を参照しつつ、その中に対象をしかるべく位置づけ、しかしそこから「私にとっての/私だけの」意味を取り出し、そして他者の判断と共鳴を仰ぐこの共同体規範というのは、その音楽が生まれた歴史文化のなかで脈々と受け継がれてきた型、記憶といったもので、簡単に言うと「これってこういう/こうする/こうなるものだよね」という人々の共通認識だと思われます。
これを知っているのと知らないのでは、面白みが全然ちがうのですよね。
手がかり無く作品に向かって苦労してた若かりし時代が思い出されました

勝手な想像ですが、岡田さんがこの本を書いたモチベーションのひとつは、危機感だったんじゃないかと思いました。
多くのひとが、音楽を能動的に楽しむことから遠のいているのではないか。
元気になるためのCD、眠る前に心を落ち着けるCD、といった道具のような売り方をされている音楽、
あらかじめドラマティックな物語が付加されて、意味をさがす余地のない音楽を見ていて
「音楽は人が人へ向けて発する何かだ」と言う岡田さんは
音楽がただのサウンド、脳への刺激になってしまうことへの危惧を覚えると書いています。
『本来すべての音楽は2度と戻ってくることはない「あのときあそこで」開封された誰かから誰かへ宛てられたメッセージである』
という言葉に込められた音楽へのリスペクトに共感します

「おわりに」では親切にも、全編で述べたことをふまえた「音楽の聴き方」を箇条書きしてくれてますが、ここに到達するまでの濃い内容をこそじっくり味わってほしいです。